ジェームズ・ガン監督の『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』復活劇を解説!
RealSound映画部にて、ジェームズ・ガンの『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』監督復活劇をまとめました。
『生きてるだけで、愛。』の寧子ごとく、延々と眠れるわたしですが、「ジェームズ・ガン、復帰してるよ!!」と言われた朝は、さすがに飛び起きたものです。
Twitterとかメディアでは、個性を尊重したり、多様性を重んじる意見がすごく支持されるのに、現実では表に立つ人のみならず生きている全員が聖人であることを求められてるじゃないですか、今。
もちろん誰かを傷つけたり権利を侵害するようなことは引き続き裁かれるべきなのですが、
1つの過ちが死罪くらいの重みを含んでいて、救済措置が薄まってきているなあと日々感じるのです。
現代ならではの“生きづらさ”って何が原因なんだろうと、よく考えるんですが
皆さん、いい意味でも悪い意味でも「正義」を持ちすぎてるような気がするんですよね。
ジェームズ・ガンの過去の発言はとても擁護できたものではありませんが、
でも自分のTwitterとかLINEとか、現実での会話とか、ほんと反省すべきことだらけですよ。
こういう過去の発言で叩かれる事象を見る度に
「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」
が無限ループするわよ。。
ただ、記事内でも触れましたがジェームズ・ガンが素晴らしかったのは、反省の姿勢を崩さなかったんですよね。
同じく過去の同性愛発言が掘り起こされ、
「ツイートを謝罪するか降板か」を言い渡されて、「降板」を選びました。
LGBTQコミュニティへの謝罪はしましたが、
「今の自分は昔と違う」と過去の発言を取り下げるようなことはしませんでした。
彼の対応も正解です。
わたしは過去の発言より今の姿派なので、彼の態度を非難しません。
でも、正直言うとアカデミー賞の司会は代えがききます。(なんなら、司会者不在のほうが視聴率が良かった……。)
一方ジェームズ・ガンに求められていたのは「復活」です。
キャスト、スタッフそしてファンに愛されていた彼が辿るべき道の
一番近い行き方が「反省」でした。
正直、ディズニーの処分から当時復活は絶望的で
誰もが『スーサイド・スクワッド』に期待していたことでしょう。
でもこうして、過去の過ちを認め、反省し、希望の光が差し込む例ができたことは
一連の騒動を巡って一番良かったことではないでしょうか。
降板から復帰まで、ガンの代わりの監督は決まっていなかったそう。
「長い間 必死に探し回ってるものって、すぐそばにあるのに気づかないだけ」
上記はピーター・クイルのセリフですが、ほんとリアル『GotG』な結末になりましたね〜〜。