読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

クズでも頑張れる

やるときゃやる

だからわたしは売女になれない

『時々歌舞伎町に行かないと幸せがわからない』
という歌詞に感情を鷲掴みにされた。
大森靖子の楽曲『パーティードレス』には
我慢してキスをしてオヤジにお金をもらう職業の女性が出てくる。

わたしは高校生のとき
心斎橋や難波のディープなところを歩くのがすきだった。
それから大学生になって新宿の虜になった。

お酒や性が乱れてカオスを生み出す街が
わたしのクズっぷりを受け入れてくれる気がするからだ。
あの歌で歌舞伎町を歩いて幸せをみつけることを分かってくれる同士を
人生で初めて見つけた気がした。
あの歌の女は歌舞伎町に目的があるのに行っている。
わたしは何にもないくせに勝手に仲間意識を持った。

わたしは
客としてホストに通うわけでもなし
職業としてキャバクラ嬢や風俗嬢として出勤することもない。

ビッチ、あばずれ、売女、ヤリマン
性の乱れた女性を指す言葉はあれど
わたしはどれにも属せなかった。

それなのに潔白を守ることはできず
修道女にすらなれないのだ。

真っ白でいられないのに
真っピンクにもなれない

でもそんな女性が
この世の中に溢れている

かつてオヤジを喜ばすための日活ロマンポルノは
今やサブカルチャー女子を喜ばす
オシャレ映画の分類に入った

女たちから毛嫌いされてたAVも
堂々と視聴を公言できるし女性向けまで出来た。
女性ファン一同が女優に花を贈るのもよく見かける。
AVを見ること、エロに興味を持つことは
サブカルチャーとして受け入れられる世の中となった。

ただ、わたしを含め女たちは
エロや堕ちることに魅力は感じれど
知るということだけで、関係した気になって
決してその世界と交わろうとはしない

いわば"高みの見物"だ

寛容なふりをして
実は見下している気がして
こんな心が嫌になる

ストリップを見に行って
美しい素晴らしいと感じ
踊り子たちに尊敬の眼差しを持っていても
ストリップに客として関係した自分に
酔いしれているだけな気がする。

例えば顔がめちゃくちゃ可愛くて
その上、おっぱいがぷよぷよ
誰もが憧れる容姿と体を持っていたら
わたしは売女になれただろうか

たぶん、怖くて無理なのと
せっかく顔も体もいいのだからと
サロンモデルとか読モをやって
それからコネで知り合った金持ちの男と結婚する

どんな条件を持ち合わせても
淫乱な女になれないんだ

歌舞伎町を歩き
その街を体験して空気を吸い
中にいる気がしてもあくまでも訪問者

ディズニーランドに行っても
夢は必ず終わり
ディズニーのキャラクターになれないのと同じ

処女を守れず
売女にもなれぬ

わたしは何にもなれなかった